
脳卒中(脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血)の後遺症には、嚥下障害だけではなく他の後遺症も合わせ持つことがあります。
ここでは「しゃべれない」「何を話しているか分からない」失語症について取り上げます。
失語症というと、何もしゃべれなくなる障害とイメージされやすいと思いますが、何を言っているのか分からない場合けれども、しゃべることができてしまう人もいます。
失語症はその症状から、認知症と誤解されることもあります。
当たり前のようにしゃべっていた人がある日突然しゃべることができなくなって、一番戸惑い、困るのは家族です。
この記事では失語症の症状とともに、家族の対処法や、失語症者に対してできることも合わせてお伝えします。
もくじ
失語症とは
失語症の定義
私たちは言葉を聞いたり、読んだり、話したり、書いたりすることができます。
その言葉の4つの機能すべてに大なり小なり障害が出る状態のことを失語症と言います。
言語野の位置
ほとんどの人の場合、左半球に言語野があります。
上の図は左半球を耳側から見た図になります。
言語野は脳内に2か所確認されています。
前側にあるのはブローカ野と呼ばれ、後ろ側にあるのがウェルニッケ野と呼ばれます。
この言語野を含む位置で、脳出血や脳梗塞などで脳神経細胞にダメージを受けると失語症を発症します。
失語症のタイプ
失語症のタイプは、その症状によって8つのタイプに分けて考えられます。(古典分類)
ここでは分かりやすく説明するために、ブローカ失語とウェルニッケ失語を取り上げます。
ブローカ失語~分かってはいるけれどしゃべれない
例えば、目の前にあるリンゴを見た時、
頭の中では、それが赤くて丸くて果物のリンゴであると理解できていても、
「リンゴ」と音を並べることができなかったり、
「リンゴ」と音を並べることができても、
それを発音するために唇や舌などをどう動かしていいのかが分からないために、
「リンゴ」ということができなかったり、
違う音で言ってしまったり、
「リ・ン・ゴ」とたどたどしい言い方になってしまったりするのがブローカ失語の特徴です。
ブローカ失語の方は、話すのにものすごく時間がかかってしまいます。
でも人の話を聞いたり、文字を読んだりすることができる場合があります。
どうしても言えない場合は、文字や絵で書いてもらうことで分かる場合もあります。
ブローカ野は一次運動野と隣り合わせに位置するので、脳のダメージが大きい場合であれば、失語症とともに手や足、口に運動マヒが起こります。
運動神経は首の位置で交叉しているため、左半球の損傷では右半身にマヒが出ます。
利き手が右側の場合はマヒで字を書いたり、箸を持ったりすることが難しくなるため、左手でできるようにする訓練が必要となる場合が多いです。(利き手交換)
また口唇、舌などのマヒがある場合には、摂食・嚥下障害にも気をつける必要があります。
ブローカ失語は運動性失語と言われることもあります。
摂食・嚥下障害についてはこちらの記事をご覧ください。
ウェルニッケ失語~ペラペラしゃべっているけど何を言っているのかさっぱり?
他の人が「リンゴ」と言ったとします。
ウェルニッケ失語になると、「リンゴ」という音は耳を通じて、
脳に情報が達しますが、「リンゴ」が何を意味するのか理解できません。
長針と短針で今の時刻を示す「時計」と思ってしまうかもしれませんし、
おなじ果物で、丸くて甘酸っぱい「みかん」と思ってしまうかもしれません。
重症の場合は何のことがさっぱり理解されないこともあります。
失語症というと、しゃべれない人をイメージすることも多いと思いますが、ウェルニッケ失語の場合はペラペラしゃべることができてしまいます。
しかし、しゃべっている内容は全然分かりません。
まるで外国語のように、日本語の音になっていない場合もありますし、
一応日本語のような文法構造を持っていても、単語がめちゃくちゃになっている場合もあります。
こちらが話しかける内容を理解することも難しくなります。
ウェルニッケ失語の中枢は手足の運動野とは少し離れているため、手足の麻痺のない方が多いです。
日常生活のことはすべて自分でできるため、見た目は健康な人と何ら変わりがありません。
でも話すと、訳の分からないことを言うので、失語症という症状を知らない方がみると、ぼけてしまった、認知症になってしまったと誤解を受けることがよくあります。
本人は自分のしゃべっていることも聞いて理解することができないので、自分がどうして入院しているのか、点滴をしているのかが分からないこともあります。
ウェルニッケ失語は感覚性失語とも呼ばれます。
その他のタイプ
失語症を代表する2つのタイプを紹介しましたが、古典分類では以下の8つのタイプに分類されます。
- ブローカ失語
- ウェルニッケ失語
- 健忘失語
- 伝導失語
- 超皮質性運動失語
- 超皮質性感覚失語
- 超皮質性混合失語
- 全失語
しかし、実際には、ブローカ失語、ウェルニッケ失語などときちんと診断名がつかない場合の方が多いです。
その場合は「非定型失語」と言われることもあります。
ブローカ失語の特徴もウェルニッケ失語の特徴も両方出現する失語症の方もたくさんいらっしゃいます。
重要なのは診断名をつけることではなく、それぞれの失語症の患者さんの聞く・読む・話す・書くについてどんな症状がでているか詳しく調べ、その状態に合わせてリハビリを行っていくことで、それが言語聴覚士の仕事です。
交叉性失語 右半球に言語野を持つ人
ほとんどの方の場合、左半球に言語野を持つと言いましたが、中には右半球に言語野を持つ人が時々います。
この方が失語症になった場合「交叉(こうさ)性失語」と呼ばれます。
『言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか (中公新書)』によると、右利きの人の約96%は言語野は左半球にあり、残りの4%の人が右半球に言語野があると言われているそうです。
ただ、左右どちらに言語野があるかというのは、その部位に脳損傷が起こり失語症を発症するかどうかでしか分かりません。
構音障害との違い
構音障害は呂律が回らない、しゃべりにくいという発音の障害です。
それに対して失語症は、言葉そのものが思い出せない、言いたいことが頭の中にあるのに、言葉が出てこない、言い間違いをしてしまう、という症状が特徴的な障害です。
しかし現実には、失語症と構音障害は合併することもあります。
特にブローカ失語に合併することがほとんどです。
合併した場合にはどちらにも障害にも対応するようにリハビリプログラムを作ります。
構音障害についてはこちらの記事も合わせてお読みください
家族はどうしたらいい?コミュニケーションの仕方
失語症になると、それを見守る家族の方もとても戸惑われます。
患者さん本人も、言いたいことが伝わらないもどかしさでストレスを感じますが、その思いをくみ取ってあげられない家族もとても歯がゆい思いをされます。
失語症者の言いたいことを聞く場合
まずは、YesかNoかで答えられる質問で、ゆっくり、分かりやすくたずねるようにしましょう。
患者さん本人からの訴えが分からない場合には、
- トイレに行きたいか
- どこか痛みがあるのか
をまず、確認します。
そのあとは、身近なものから確認していきます。
- 布団をかけてほしい
- お茶が飲みたい
- カーテン(窓)をしめてほしい など
実物を見せながら、1回に一つずつ聞いていきます。
とても時間がかかります。
失語症者が頑張って言おうとして、音が出てくる場合がありますが、それは間違ってしまっている場合も多いです。
それにとらわれてしまうと、本当に本人が言いたいことが分から場合もあるので注意が必要です。
出てきた言葉や音だけではなく、本人がされたジェスチャーや言おうとしていることの背景などを察して想定してみるとよいと思います。
字を書くことのできる方は、書いてもらうというのも一つの手です。
そのうちに、患者さん本人も疲れてきて、答えが矛盾して何が言いたいのか分からなくなることもあります。
脳がまだ言葉に対して対応しきれないため、疲れやすいのです。
こういった場合は、一度休息を入れた方がよいです。
こちらから失語症者に伝えたい場合
できるだけ、文字で書いたり絵を描いたりして伝えてあげてください。
特に日にち、時間など数字は理解されにくいところがあります。
カレンダーなどの実物を用いて伝えるのも有効です。
失語症だからといって、本人に関わることを何も伝えずにいるのは、とても不安に感じます。
失語症でも、一人の人として接することを忘れないようにしてください。
してはいけないこと
「あいうえお」は難しい
ことばをしゃべれない場合に、「五十音表」を使ったらよいのではないか、と多くの方が思うようです。
「あいうえお」だったら子どもでも分かるし、簡単だろうということで、失語症者のベッドサイドには家族の方が用意された五十音表を見かけることがあります。
しかし、ブローカ失語で説明したように、言いたいことは分かっているのに、その音を並べることができないのが失語症です。
五十音表のシステムそのものが壊れてしまっていることが多いです。
言いたい言葉を1文字ずつ指で指し示すということは失語症者にとってはとても難しいことなのです。
ただ、軽度の失語症の方の場合や、五十音のシステムが保たれている失語症者も中にはいらっしゃいます。
その場合は口頭でコミュニケーションできることがほとんどですので、五十音表を使うまでもありません。
日常生活の中でことばを言わせる
言語聴覚士はリハビリの中で、絵カードを見せてその名前を言ってもらう訓練も行います。
それを見た家族は同じように日常生活のなかで、ものの名前を言わせる「訓練」をされる方がいらっしゃいます。
家族は少しでも早く話せるように、との思いでされるのだと思いますが、それが逆効果になってしまうこともあるので注意が必要です。
失語症者に言葉を言わせるということは、例えば、足が不自由なひとに「走りなさい」、目の見えない人に「これを見なさい」と言っているようなものなのです。
言語聴覚士はその方の現在の言葉のレベルに合わせて、ことばを言わせる訓練をしています。
見た目は絵カードを出して、それを言わせるという簡単なことをしているようですが、言語聴覚士の頭の中では、どうアプローチをしたら言葉が言えるだろうかとしっかり評価しプログラムを立てた上で、絵カードを出し、ヒントを出しているのです。
日常生活の中で家族がことばを言わせることをしてしまうと、大抵の場合言えません。
家族が「家族の名前くらいは言えるだろう」「こんな簡単なことなら言えるだろう」「大好きなものなら言えるだろう」と想定した言葉が言えなかったとき、失語症者は「こんな簡単なものも言えないのだ」と傷ついてしまうのです。
失敗を繰り返してしまうと、ことばを話す自信がなくなってしまいます。
日常生活の中では、無理に言葉の練習をする必要はありません。
言葉が上手く話せなくても、何を言っているのか分かったのであれば、それでよしとしてください。
大切なのは言葉を話すことではなくて、コミュニケーションです。
そして、正しく言葉が言えた時があれば、その時は「うまく言えたね」とフィードバックしてあげてください。
それが、話す自信につながっていきます。
どうしても言っていることがわからない場合
失語症を専門的に診る言語聴覚士ですが、実際に患者さんとコミュニケーションする場合は、やはり分からないことが多くあります。
その場合、私はどうしているかというと、「ごめんなさい。わかりません。」と素直に伝えます。
分かったふりをしても、ふりだということに患者さん本人は気づいています。
そして、患者さんは傷つきます。
信頼関係を損ねないためにも、分かったふりはせず、分からないということを素直に伝えるようにしています。
家族ができること
第3者である言語聴覚士やその他のスタッフよりも、家族の方がその患者さんのことをよく知っていらっしゃり、私たちには分からないことも家族には伝わることも多くあります。
「ことばで伝える」ということに期待をせず、「気持ちを汲み取る」という姿勢で接するようにすると患者さんのいいたいことが少しは分かるのかもしれません。
患者さんにとっては、自分のことを理解しようとしてくれている人がいる、というだけでも大きな支えになります。
家族の方が失語症を理解し、どう対応したらよいのかを分かりやすくまとめてあるのがこちらの本です。
失語症のすべてがわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)
※amazonのリンクにとびます。
実際に脳卒中で入院してから、治療、リハビリ、退院後の自宅生活まで時系列に順を追って説明されています。
絵や図も多く、とても分かりやすいと思います。
まとめ
- 失語症とは、聞く、話す、読む、書くの4つの言葉の機能の全てに大なり小なり障害が見られる状態のことを言います。
- 失語症は古典分類では8つのタイプに分けて考えますが、実際には非定型の失語症が多いです。
- 失語症の代表的なタイプの一つであるブローカ失語では、頭では理解できるけれども、言葉を話すことが難しいという症状が特徴です。
- もう一つのタイプであるウェルニッケ失語では、相手の話を耳で聞いて理解することが難しく、ペラペラ訳の分からないことをしゃべっているのが特徴です。
- 失語症者と接する時には、Yes/Noで答えられるような質問で尋ねたり、実物を用いてコミュニケーションするなどの工夫が必要です。一番大切なのは、「人として接する」態度だと思います。
言語聴覚士として今まで多くの失語症の方と接してきました。
中には全く言語機能を失ってしまった方もいらっしゃいました。
それでも、相手が伝えようとしていることを全力で理解しようと思って失語症者と接するようにしています。
正直、分かり合えないことの方が多いです。
でも、時々、不思議と言葉を介さなくても、お互いに分かり合える瞬間があります。
その瞬間は本当にうれしくて、この瞬間のために私は言語聴覚士の仕事を頑張れるような気がします。
そして、大切なのは言葉を言うことではなくて、お互いに分かり合おうとする気持ちと思いがちゃんと伝わるということなのだとつくづく感じるのです。
脳卒中についてはさらに知りたい方は、こちらの記事を合わせてご覧ください。